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ヘンタイへの道

ヘンタイへの道

「今日は歩いて学校に行く」
突然三四郎が言い出した。
自転車で20分くらいかかる距離を、剣道の防具と、学校の荷物をしょって、朝7時過ぎに出ていった。

「脳の活性化」
が目的らしい。その他、今脳を最大限に活用する本を読んでいるらしく、急に10分間走り出したり、瞑想に挑戦したり、なにやら忙しそう。

中学卒業間際まで、「期待されている(と自分が妄想している)自分」を演じることに徹してきた次男。
恐らく本人が思っているほど、だれもかれに期待していなかったと思うのだけれど、本人は、自分は何でも頑張って、まじめで、リーダーシップがあって、人望あつくいなくてはいけないと思い込んでいたようなのだ。

卒業間際に、「受験失敗」というできごとがあり、彼はさまよった。
誰も自分のことを知らない高校で、一からやり直したかったらしいが、それはかなわなかった。

今も、さまよっている。

結果、「誰もが三四郎を知っている」地元の公立高校に進学したけれど、
彼は何かを突き破ろうとしている感じがする。

自分が何をやりたいのか、自分は本当は何が好きなのか、一生懸命、探ろうとしている。
そして、手当たり次第に何かをはじめようとしている。
少しどきどきしながら、見守ろう。

そして私も、自分の人生を一生懸命生きよう。

ヘンタイへの道。


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苦しい

将来の姿がぼんやりしている。なりたい姿が見えない。
天狼院書店の「就活しない生き方」を受講する中で、まず、10年後、無理なら5年後、それも無理なら3年後、それも無理なら1年後のありたい姿、を設定するところから始まるのだが、それが見えないので先に進まない。というか、出発できない。
かなり、焦る。

「10年未来計画」を立てたことが何度かある。でもそれは、課題として、やらねばならないこととして作ったので、実感を伴っていない。見返すと恥ずかしい。

焦る。

人として
仏教の世界観に近づきたい。執着を捨てる、自我を捨てる、自分の存在すらないものととらえる、その境地に近づく。どんどん透明になりたい。

しかし、
仕事として、どんどんパンにこだわりたい。天然酵母の世界にいきたい。農業の世界に行きたい。
ずっと焼いていたい。めっちゃこだわりたい。

しかし、
商売として成立したい。今のままではちゃんと経営できていない。商売としてもちゃんとやりたいという欲望。

人を雇うこと。
もういいや、とあきらめていたら、働いてくれる人が見つかった。
今度こそ、ちゃんと長く働いてもらえる環境にして、やりがいのある職場にしたい。
という欲望。

欲望にまみれているのか、まみれたくないのか、自分はどこにいきたいのか、
見えない。

百年企業研究会の仲間や先輩に、このことを相談した。
意見や感想を求めた。

それぞれの意見はもう感想とかじゃなくて、コンサルの域だ。
ありがたすぎる。
それゆえに、ぐらぐらしている自分がより一層浮き彫りになり、苦しみが増す。
結局答えは自分の中から絞り出すしかない、という実感。
がんばる。
がんばって考える。

決心したら、あとは、比較的得意な変わり身の早さと行動力で何とかできる自信がある。
その決心。その思い。考え。何とかしたい。

「暗い日記」にしたくない

「暗い日記」
にしたくないなと思いながら、安心して書いていると「暗い日記」になる傾向がある。

昨日はPTA本部役員の引継ぎがあり、担当から担当へと申し送る場面があった。
引き継ぎ書を作成し、「去年の今頃(自分が受け継ぐ側だったとき)、こんな書類がほしかった」という内容にした。
説明を始めると、メンバーが横から「これはこうで、あれはこうで」
横から入ってくる!
「え、ちょっと待ってよ。私が主担当で、あなたは補佐。後で補足があればやってくれれば」
心の中で叫んだが、なんか仕切られてる。
何も言い出せないまま、終わった。
消化不良。
心が不良。

「いろんな人がいる」
あっさり思えなかった。怒りがきた。
そんな邪魔をうまくかわしてやりとげられなかった自分にも、悲しい怒りがきた。

ネガティブなままで朝を迎え、
誰かのツイッターを見た。

誰かに傷つけられたとき
「この人、余裕ないな」
と相手を客観視することが大切
「傷つけられた」
「なんで私だけ」
主観的に悲観的になると
心tがいくつあっても持たない
「この人余裕ないな。家庭うまくいってないのかな」
くらいのひょうひょうさを持つとラクになる

相手から妬まれたり悪意を向けられても、
「この人余裕なくてかわいそうだなー」と思えるようになって、
メンタル的にかなり助かるようになってます

これよこれ。
私がポジティブに戻れるこれよこれ。
SNSに傷つくこともあれば、励まされることもある。
がんばろ。

ただいま、ブログ

1年以上留守していたブログに帰ってきました。

自分自身は書くことから見えてくる。
そこに成長のヒントや糸口がある。

日記を書くことはその基本で
ブログを書くことは「誰かに読んでいただけるような日記」をつけることかな。

強く熱い思い、
というよりは、
穏やかで静かでぼんやりとした気持ちだけれど、
行動したいと思えた。

3月3日ひなまつりのスタート。

時間が解決

とてつもない恥ずかしい気持ちも、毎日「前頭葉」と思いながら一生懸命パンやらもろもろに向かってみると、少しずつ薄らいで、今はそれが懐かしいくらいにこなれたことになっています。
考えすぎるのをやめてみる、時間が流れていくことに身をゆだねてみることの大切さ、実感しました。

そして、素直になったことによって、よい流れ、気持ちのよい流れになっている実感もあります。
いっときの自分に対する気まずい感じがあったからこそ、かもしれません。

「お前はもう、死んでいる」
これはまだ、実感できないけれど、意識し続けて、いつか自然と、いろんな執着が薄くなっていったらいいな、と思います。
プロフィール

タナカミセ

Author:タナカミセ
京都で小さなパン屋「タナカミセ」をやっています。
おいしいパン、しっくりくる人生、を目指して、歩いてゆく日々を記録していきます。

京都市右京区京北大野町清水42
TEL 090-5014-3002
FAX 075-853-0454
MAIL tanakamise@ymail.plala.or.jp

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